ジコチューという言葉の弊害について考えてみた(後編)

最近、朝はうちの有機生姜紅茶。香りが最高。たっぷり作ってマイボトルに入れて一日中一緒。

さて。誰を出しても角が立ちそうなテーマであるので、ここはレアキャラの愛夫を例に挙げてみよう。

彼は自分の休みの日にはうちに来るのだが(別居婚につき)夜来て、昼過ぎまで寝ている。少なくとも12時間は寝続ける。なので当然、起きても誰もいない。

私はカフェで仕事してお昼に家に帰ったりするけど、自分が起きてお腹空いてたら自分の分だけお肉を焼いて、ジャーに残っているご飯をもぐもぐと全部食べてしまったりする。しかも食べた後に「食い過ぎたな」とかなんとか、迷惑そうに言ってタバコを吸っていたりする。

ここで重要なのは「空腹の私がそこにいても」ということだ。しかし、反対に私が何か料理していたら、当たり前に全部自分の食事だと思い込んでいる。ある程度食事の用意ができても、調理の流れで次の食事の準備とかしていてもタバコを吸いながら「そんなに食えないんだけど」とか言ってくる。

ひえとりにめっちゃオススメ。今年から蒸し生姜になったよ。

ここまでで。殺意を抱いた方もおられるかとは思うが、確かにこれは、当事者にとっては非常に不快な状況だ。

しかし例えばここで「自分がされたら嫌でしょう?」などという言葉は無意味だ。仮にそのような言葉を投げかけたとしても返答するとしたら「俺がされてないからわかない」だ。まあ、その通りなのだ。なぜならこの方の場合、自分のことは誰よりもわかっていないのだから。自己を把握できていない人間が、ジコチューになり得るだろうか。そう、彼はジコチューにカテゴライズされないのだ。


ここで最も興味深い点は、私にとって彼は唯一無の執着すべき人類で、友達のいない彼にとって私はさらにそうなのである。日本人だけでも1億人以上の人類がいるにもかかわらず、だ。自分ともう一人。まるで素数のようなスイートな関係なのだ。(ちなみに1は素数ではありません。テストに出るから覚えておくように)
ならばなぜそんな思いやりのない振る舞いをするのか。答えは単に周りが見えていないのだ。ジコチュー(自己・中心的)というような崇高なものではなく、自分のことで精一杯、スキル不足によるメタ認知の弱さなのだ。


ということで、このような場面に遭遇した場合の対処法は「こいつジコチューか」とぼやいて終わるのではなく「お腹すいたから一緒に食べよう」と、さほど欲しくなくとも、いかなる状況でも最低限、周りを見るということを伝えるために、たとえ奪い合いになったとしても一緒に食べる。自分の食べるものが奪われることで、脳にスイッチが入り、スキルアップに繋がる。

伝えることで「言ってくれたら作ったのに」とか言って慌てて取り繕ったりしているが、何度も繰り返す中で確実に変化していくし、周りが自分にしてくれていることにも気がつくようになる、日進月歩だ。


もちろん、ジコチューで嫌なやつ、と言って離れてしまっても、まあそれはそれで選択だけど、唯一無二の存在とはそう簡単には出会えない。

コーヒーは午後になりました。うちのキングジャンタンはやはり美味。


ジコチュー認定して向き合わないのではなく、経験値不足や相手の置かれている環境に目を向けることで共存できるケースがあると思う。もちろん、楽しくないならすぐに離れた方がいいけど。

赤ちゃんは所構わずお母さんにあれこれ要求するが、ジコチューではない。必死なのだ。大人は赤ちゃんではないけれど、誰かのことを「うわ、ジコチュー」と思う時、ずしっとと心の負担になるのではないだろうか。「うわ、自分のことで精一杯なんだな」と変換してみてはどうだろう。現状は変わらないが世界の見え方は変わるし、ムダに嫌な気分にはならなくなるのでは。このような目に見えない、記憶に残らない心の負担の積み重ねで、われわれは病んでいくのだ。健康と美しさを失い、あらゆる目的は完全に見えなくなる。。

自分のことで精一杯、とジコチュー。これは一見同じような感じだが、全く違うのでやはりあまり使わない方がいいのではないかと今回書いてみてしみじみ思う。

どのくらい違うかというと、遭遇した時のインパクトを想像して欲しいのだが、カブトムシとゴキブリくらい違う。
イルカとシャチくらい違う。
ハムスターとネズミくらい違う…(もういいって?)

実は。これと同じような闇で、発達障害というものがある。発達障害が悪いのではなく、この言葉の持つイメージは、とても悪だ。
発達障害認定してしまったら、一部のケースを除き、ほとんどの人が対象者に向き合うことが非常に困難になると思う。これはまあ、時間があったらぜひ考えてみて欲しい案件です。

言葉のマジックでわれわれはムダにこじらせているということ、誰かの何かを認定することで多くの可能性を失いかねないということ、そして会ったら楽しいんだけど別れた後(帰宅後など)でモヤッとする人は、ほとんどのケースで早めに縁を切った方がいい人ということをお伝えしたい所存である。

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投稿者: manbosblog

広島の県北、北広島町でカサコソ制作作業をしつつ、インドネシアのコーヒー、紅茶、塩の輸入をしてます。時々、産地視察と探検で日本を離れております。以前のブログは→https://manboblog.exblog.jp/ (株)ライフデザインマンボ 代表取締役

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